TOEIC

8月14日 7月に実施されたTOEICの結果が発表された。もちろんこんな話をするわけだから自分も受けたわけだ。

 

そして気になる点数は〜

 

リスニング260 リーディング295の合計555点でした〜☆

テストの終わった直後は、600もしかしたらいってるかも!とか思ったり思ってなかったり、そんな期待を抱いただけにちょっぴり悔しさ残る結果だけど、まあ次頑張ればいいや。600は次回までお預けってことで、取り急ぎ。

11月まで休止

最近ネタがねえなあ〜と思い思い空を見上げてもアイデアが落ちてこない。重い腰をようやく上げて書き始めたブログもいつの間にやら最近では過去のものとなっていた。たま〜に書く頻度でネタがねえつってんだから毎日こなしてる人を本当に尊敬する。

 

まあこの度休止をするってのはネタが無いからって訳でないことにして欲しい。普通に忙しいってのもある、11月までは。言い訳っていうか、弁解っていうか、一応下書きは7.8個あるんだけど、どれもこれも納得いく出来になってないと思っている。この度はネタが無い問題じゃなく、時間が無い問題だと思ってくれたらなあって思う所存。そう思ってくれたら次休止する時の言い訳はネタが無いとして使える言い訳になるし。

 

そもそも定期的に見てくれてる変態とかほんまにおんのか、都市伝説だろとか思ってるスタンスだからこんな休止を発表するのも烏滸がましいんじゃないかって思うけど一応ってことで。とりあえずまあ勝手ながらも11月ぐらいまでブログは更新することないかな〜とか思いつつもネタが思いついたら書くんだろうけど。

サテライト

まるで社会の動き全体を見るかのように俯瞰した態度がいつの間にか身に染み付いて離れない。空から眺めた下界の景色はどんな風に映っているのだろうか、誰が見ても恥ずかしくない姿だといいのだけれど。

 

去年の何月ごろかは忘れたけど、朝井リョウ著の「何者」を読んだ。他人の分析ばかりして、いざ行動を起こした人を蔑み、出る杭を打とうとする典型的モブ主人公が就活をする話なんだけど、めっちゃ主人公に共感した。あいつ起業したらしいで、とか、あいつなんか最近変わったよなとか、自分には出来ないことをすぐ否定的に持ってゆこうとする精神、俺は違う、俺はそんな感情抱いてないしとか言い聞かせながら読み進めるが、やっぱり主人公と重なる部分が多々ありギクリとさせられる部分があった。

 

 俺には関係ないと、他人行儀を演じ続ける人生も悪くないだろうけど、それでいいのかと自問自答。街中で困っている人を知らんフリ、もしくは笑い者にすらしようとツイートする。それじゃあいつまで経ってもモブのまま。別にモブでもいいんだけど、人間として面白みのない味気のない、噛んでもなんの味も歯応えもしない人になってしまっていいのかって、焦りもする。

 

逆に俯瞰した態度が笑われて後ろ指さされる時代が来たら、みんな自主的に積極的に行動できるんじゃないかって、自分が何もしないのを時代と世間のせいにするけど、それは違うってのもわかってる。だからこそ、能動的に行動できるうえ、何かを志す人を心から敬える人間を心底羨ましいと思ってしまう。そんな人間になりたいと思った時に、後ろ指さされてるんじゃないかって疑心暗鬼になってしまうままでは遠い未来だ。

 

 

バトン

いつの日だったかもう忘れたけど、近所のスーパーが潰れた。もう何年も利用してなかったから特に何も気にする事はなかったが、その跡地をふと通りがかった時に、得体も知れぬ虚無感に襲われたのを覚えている。

 

 それとは対照的に、できたのも既に最近ではないが、よく利用する近所のコンビニの存在が次第に日常的なものと化していった。それと同時に、コンビニができた当初に抱いた便利だなあと感じる有り難みに近い感情が薄れてゆくのを憶える。

 

街中でもなんでも、損なわれた景観や情景がいつしか、それが当たり前になって、日々を過ごしてゆく。なんでもかんでも、元来そこにあったものじゃないんだって、そしていつかは消えゆく儚いものなんだって、失ってからいつも気づく。

 

消え逝ったものからどんな恩賞を受けたか、何を手渡されたかという気持ちが心を感傷的にさせる、と同時に、なんでもいい、なんだっていいから自分にも後世に伝えられるような何かを現世へ置き土産として残して消え去りたいと思えた。

 

消えいったものの価値に失ってから気づいてたら遅いんだ。それがなくなった時に、格式ばった刹那的な叙情感に襲われ、何も解決しないまんま忘れ去られた存在が過去のものになるのをただ眺めるだけ。僕らは退廃した瓦礫の山の上をいつも歩いているんだってことを忘れがちだ。

 

身の回りにきっと次の世代に手渡して欲しくて何かを訴えかけているものがきっとある。その存在に気づいて、後世に語り継ぐ語り部として役割を果たすことこそが、今を生きる自分の役目かもしれない。そうやって遠い過去と遠い未来を紡いでいけたらと思う。

 

 

原石

俺には才能が無いからつって投げ出したものが数え切れないほどある。投げ出したものの中には、長い努力の末に自分のものへと昇華されたかもしれないものが幾千も混じっているんだろうなって、ざんない気持ちでいっぱいになる夜もこの頃ある。

 

俺には何もないのかって、焦って机の引き出しを漁るかのように自分の長所や得意分野を探し出す。が、どれもこれも趣味程度と言えるほどの何かしらしかなく、人より抜きん出た何か、人より何カラットも綺麗だと胸を張って言えるほどの宝石を引き出しにしまってはいなかった。

 

こうなったらもう親や周りの環境を恨むほかやることがない。なんで俺は具えるべき英才教育を受けさせられてこなかったんだって、本当に自分に必要だと思ったものがなんで備わってないんだって、躍起になって責任転嫁して自分を保つ。

 

 

高卒ルーキーという文字を心からやっかむ。なんたって、幼い頃見上げた高卒という年齢が、今では見下ろす年齢になってしまった。そんなルーキーが年俸何千万って貰うかもしれないって考えるとゾッとする。大抵の人は、そんなことに納得できないことなんてなく、すんなり受け入れてしまうような事実だろう。しかし、自分にもそのぐらい貰ったっていいじゃないかって言えるほどの秘めた何かがあるんじゃないかって、信じてやまない。

 

馬鹿言ってんじゃないよって、自惚れもここまでくると甚だしい。極端に肥大化した嫉妬心が産み出した、もはや獣だ。いいよな、あいつには才能があるからと、長い歳月賭けて研磨した結果だよと、終わっておけば良いものを、なんでそこで自分にも出来るんじゃないかって勘違いが産まれるのか、疑問だ。

 

もういい歳してんだ。堅実な人生も悪くないじゃないかと、お前は充分頑張ったと、誰かに言われるだろうなと思う。そうだ。俺には結局何もなかったんだって、わかっただけでも充分成果だ、もう何もしなくていいんだ、俺は原石じゃないただの小石なんだって、自己が作り上げた幻想に操られるマリオネットとして果たす役割はもうしなくていいんだって、俺はもう自由の身なんだって

 

 

 

 

 

 

 

と振り払えるはずもない戒めの残滓と共に未だ日々過ごしている囚われの身である。

 

原石を持つ者でも、持たざる者でも、不恰好ながら努めた結果手にする何かがきっとある、って知るのが遅かった自分はこれから何を始めるべきか一向も検討が付かない。

clay

目を爛々と輝かせ、嬉々と自分の夢を語る。そんな頃もあったのか無かったのかすらもう覚えてないほど経過した長い時間が、自分をこれほどにまで体を大きくさせてしまった。

 

夢という自分の進むべき一本の芯を立て、どれほどの、そしてどんな肉付きを少しずつ丁寧に陶冶できるか。

 

幼い頃描いた将来の自分の姿に成りつつあるか、大きくなった図体はただの飾りのままになってしまってないか、その体に一体何が詰まっているのか、自問自答した時、不甲斐ない返答が待ってないか。

 

今現在、人生での約何パーセント進んだかはわからないし、残りどれほど肉付けれる余地があるのかすらさえもわからない。夢は、どこか夢だから叶わなくても仕方ない、と妥協してしまっている自分がいるんじゃないかって、最近夜な夜なうなされる。これじゃあいつまでたってもその場で足踏みしているだけ。

 

幾つもある夢の中で一つでも形作れたものがあれば救われた気持ちになるんだろうけど、結局何も成し遂げてられていない現実が今ここにある。けれど今まで不器用ながらも色々考えて積み上げて涵養された身体が備わっているのも事実だ。あとどれほど手を伸ばせば届くのかはわからないが、もう少し頑張ってみることにする。

日記

ブログで日記を書こう!と一念発起し、見切り発車したはいいものの、いざ完成した文章を眺めると、日記ってなんだっけって思った。

 

インスタグラムやツイッターを見ると、どこどこへ行って来ました〜、〜を食べました〜などで溢れ返ったショート日記に近い文章がよく目立つ。自分もそんなツイートよくする。

 

ブログ始めましたつって大々的にツイートしたものの、毎日更新とか言ってないし、まあお気楽にやろうとは思ってたけど、いざ始まるとかったるい。お手軽SNSと違って、まずアプリを開く気にもなれない。じゃあ日記もクソもない。じゃあ週一更新とかにしておこうにも、その週に印象に残ったもののただのまとめになっちゃうじゃんって始めてから気づいた。まあそれでもいいんだけど、一々週の終わりまでそんなこと覚えてようとも思わないし、メモでも取っとこうなんても思わない。それはブログに気概を感じてしまうのもなんか嫌な気がするだろうからって言い訳しておこう。

 

これからの方針というか、自分の日記の味というのか、について言及しておくと、言い訳しやすいように何時でも書けそうな話題ばかりで、その季節限定!的な話題は避けて通るだろうなあって予言しておく。楽しそうなリア充がキャッキャウフフしてるブログなんてものはこのページにたぶん未来永劫載せられないと思うので悪しからず。まあ見てるあなたがどんな期待をしてこのページを開いているのかはわからないが。