五月病

少し前まで寒い寒いなんて言ってコタツに篭っていた記憶があったのが、今はそんな顔つき一つも見せず燦々たる日差しの毎日である。そんな春の訪れを微塵も感じないこの季節に出会いや別れのシーズンだと謳う余裕があるのかと疑問に思うほどに世間ではそんな時期が始まり、もうすぐ終わろうとしている。

時の流れは残酷だとよく聞くが、何がどう残酷なのか、そこまでは皆教えてはくれない、しかし、よくよく考えてみればもう4月が終わろうとしている。つい先日まで春休みも終わりだと嘆いていたはずだった。いつの間にやら過ぎている時の流れにいつも皆、「もっと〜していればよかった。」と口を揃える。自分もその一人なんだと気づかされた頃には思い知らされる。時の流れは残酷だ、と。

惰性で過ごし、ただ消化するだけの毎日に焦りを感じ始めた時、人間は何を思うか、日記を付けようと思った。なんで?と聞かれると返答に詰まってしまう。たぶんだけど心の何処かで、無駄な日々は無いんだと、毎日毎日がまるで一つの儀式のように通過したって文句は無い連中に相対する気持ちがあるんだろうなって勝手に納得してみる。日記なんかでもいいからブログとかに書いて形に残して、過ぎ去ってしまった無駄と言われるであろう日々はきっといたずらなものじゃなかったんだって、いつか役に立つ記憶の一片になる時が来るんだってみんなに証明する証拠として役割を果たさせるために日記を書いて公開するのかなって思う。自分にできる今まで過ごした時間に対する精一杯の弔いであり、言い訳だ。

この日記がどんな形として、どんな印象として心に残るのかはまだわからないが、五月病の一部としてなってしまわないように少しでも長く続けれればいいなあと思いながら文字を打つ。