爪痕

米津玄師の「ナンバーナイン」って曲が好きすぎて、耳と脳がそろそろブッ壊れて自律神経が機能停止したって可笑しく無いってほどに、ほぼ毎日聴き浸っている。リリースされてそろそろ1年が経つ曲で、発売日に購入したのにも関わらず、飽きず疲れず毎日よくもまあ。

 

後世に爪痕を残したいって気持ち、胸の最奥に静かに潜伏した野心が眠っている。自分の生きた証、痕跡、記録、なんだって構わない。1000年後の今日、未だ自分の名前が語り継がれる情景、想像したらワクワクする。少なくとも私は。もし1000年後、教科書に自分の名前が載っていたらって妄想、顕示欲もここまで拗らせると甚だしいなんてレベルじゃない。けれども、もし残せたら、しかも英雄扱いとかで、そんなん絶頂もんでしょ。産んだ親も鼻が高いわ。

 

何でもかんでも、ひけらかしたい時期ってのは人間いつか来るもんだ(と信じたい)。SNSにイイね稼ぎ、せっせとネタをこさえてる人種たちに同類の太鼓判を今日から押してあげよう。証明書贈呈、どうぞ。似たようなもんでしょ。程度が違うだけで。違うってんなら違う所を俺に説明してみせてくれ。このブログを書いてる俺と似た者同士、仲良く爪痕残すため頑張ろうや。

 

 

ナンバーナインの歌詞に「砂に落ちた思い出が息をしていた」ってある、衝撃だった。なんてオシャレな、洒落乙な、オシャンティな表現なんだ。これがアーティストなんだなって。何回歌詞読んだかわからん。爪痕を現世に、とか欲の化身の自分が1000年後まで語り継がれて歌なんて作られたら、こんな歌詞を書いてくれるのかしら。

 

なんでここまでこの曲、一曲だけにやけに惹かれるのかって、強く思い入れるのかって理由を手探りで探しても、なかなか見当たらない。先人が残した証や墓標がウンタラカンタラって歌、この世に星の数ほど存在してんちゃうんかと、なんでこの曲だけなんやと、疑問に思う。後世に名を残す事を歌った歌と、そして自分、血の似通った随所にどこか気の惹かれる部分があるんじゃないかと、勝手に解釈している。

当然、納得はしてなくて、今日も理由を探すためかわからないが曲を聴く。